芦屋恒一

受付嬢の吐息が溶かす距離(第3話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第3話:ワインの縁に溶ける唇の吐息

 約束の平日夜、街の喧騒が路地裏に沈む頃、私は指定されたラウンジの扉を押した。残業の余韻が残る五時過ぎ、外の街灯がぼんやりと灯り始めている。店内は薄暗く、カウンターの向こうでバーテンダーがグラスを磨く音だけが響く。ジャズの低音が空気に溶け、客はまばら。隅のボックス席に腰を下ろすと、ほどなく遥が現れた。病院の制服姿ではなく、私服の彼女。黒のニットワンピースが、28歳のしなやかな曲線を静かに包み、肩に落ちる黒髪が照明に艶めく。

「芦屋さん、お待たせしました。残業、なんとか終わらせて来ました」

 微笑みが、カウンターの影から浮かぶ。疲れの残る瞳に、期待の光が混じる。席に滑り込む仕草が自然で、膝がわずかに触れ合う。彼女の吐息が、近くて温かい。カウンター下での指先の記憶が、蘇るように肌を熱くする。私はワインを注文し、グラスを傾けた。赤い液体が注がれ、互いのグラスが軽く触れる音。乾杯の瞬間、視線が絡む。

「遥さん、こんなところで会えるなんて。病院のカウンターとは違う雰囲気ですね」

 声が低く出る。彼女の唇がワインに触れ、端がわずかに湿る。28歳の肌は、照明の下でしっとりと輝き、首筋のラインが甘く疼く。会話は自然に流れる。仕事の疲れ、日常のささやかな不満。彼女の言葉に耳を傾けながら、胸の奥で渇望が静かに積み重なる。この歳の私が、彼女の視線一つで抑制が揺らぐとは。

「芦屋さんの名刺、ずっと机に置いてました。あの触れ合いから、気になって……連絡先交換してよかった」

 彼女の指が、グラスの縁をなぞる。私の視線を捉え、熱を帯びる。ワインのアルコールが喉を滑り、身体の芯を緩める。カウンターの喧騒などなく、二人の世界。彼女の吐息が、グラス越しに近づく。膝の触れ合いが、意図的に長引く。布地の下の温もり。心臓の鼓動が、静かなジャズに混じる。

 ワインのグラスが空く頃、沈黙が訪れる。互いの視線が、重く絡みつく。彼女の瞳が、わずかに潤む。唇が開き、息が漏れる。抑制された空気が、甘く張りつめる。私は自然に身を寄せ、彼女の頰に指を添えた。細い輪郭、滑らかな肌。28歳の柔らかさが、指先に染み入る。

「遥さん……」

 名前を囁く。彼女の視線が降り、私の唇を見つめる。ゆっくりと、顔が近づく。ワインの香りが混じり、吐息が触れ合う。唇が重なる瞬間、世界が静止した。柔らかく、湿った感触。彼女の唇が、私のそれを優しく開く。舌先が触れ、唾液の甘い絡みが広がる。ぬめりとした熱が、互いの口内を滑る。抑制されたキスが、徐々に深まる。彼女の舌が、私のそれを絡め取り、甘酸っぱいワインの味が溶け合う。

 指が彼女の首筋をなぞる。肌の熱が、じわりと伝わる。彼女の吐息が、唇の隙間から漏れ、私の口に流れ込む。唾液の糸が、わずかに引く。互いの渇望が、露わになる。28歳の彼女が、55歳の私にこんなにも積極的に応じる。年齢差が、かえって甘い震えを生む。キスが深まるたび、彼女の肩が寄り、胸元が私の身体に触れる。布地の下の柔らかさ。抑制を保ちつつ、指が背中を滑る。彼女の手が、私の膝に置かれ、軽く握る。

「芦屋さん……もっと」

 唇が離れ、囁きが漏れる。唾液の光沢が、彼女の唇を濡らす。再び重なる。舌の動きが激しくなり、ぬめりが互いの味を混ぜる。甘く、熱い。カウンターの影で、二人の息が乱れる。視線の重さ、唇の湿り気、指のなぞり。すべてが、静かなバーに溶け込む。彼女の瞳が開き、私を見つめる。合意の光。自然に熟した、互いの欲求。

 キスがようやく途切れる。唾液の余韻が、唇に残る。彼女の頰が上気し、息が荒い。指を絡め、グラスに手を伸ばす。ワインを一口、互いに飲み干す。視線が、再び熱を帯びる。彼女の指が、私の手に強く絡む。カウンター下での記憶が、今ここで深まる。

「芦屋さん、今夜……このまま、近くのホテルへ行きませんか。私、芦屋さんと一緒にいたい」

 彼女の言葉。微笑みに、吐息の甘さが混じる。28歳の瞳が、真っ直ぐに私を捉える。抑制された夜が、次なる場所を約束する。私は頷き、彼女の手を握り返す。指の熱が、胸を高鳴らせる。バーの扉を出て、街灯の道を並んで歩く。ホテルへの誘いが、身体の芯を震わせる。

 あの唾液の甘い絡みが、唇に残る。カウンターの距離を溶かした夜が、次なる部屋の予感を静かに呼び起こす。

(第3話 終わり)

(約1980字)