如月澪

女医妻の診察台に忍び寄る熱視線(第2話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第2話:震える指先の親身な触れ合い

 一週間が過ぎるのは早く、平日夜の雨音が窓を叩く頃、再びクリニックを訪れた。名刺の電話番号にかけ、予約を取ったのは診察翌日のことだった。掌に残った温もりが、仕事の合間にふと思い出され、胸のざわつきを抑えきれなかった。足の腫れは引いていたが、歩くたびに微かな違和感が残り、再診の口実には十分だ。エレベーターの扉が開くと、待合室は静かで、街灯の光が雨粒に反射してぼんやりと広がっていた。受付の女性が穏やかに迎え、診察室へ案内される。

 扉を開けると、遥先生がデスクでカルテをめくっていた。白衣の下に前回と同じく淡いグレーのブラウスを纏い、眼鏡の奥の瞳が俺を迎えるように上がる。夕闇の薄明かりが部屋を優しく包み、雨の音が遠くに響く。彼女の唇に、プロフェッショナルな微笑みが浮かんだ。

「佐藤さん、お疲れ様です。経過はどうですか?」

 声は柔らかく、かすかな疲労の色を帯びていた。俺はベッドに腰を下ろし、靴下を脱ぐ。足首のテーピングはまだしっかり巻かれ、彼女の指の感触を思い起こさせる。遥先生は椅子を寄せ、俺の前にしゃがみ込んだ。白衣の裾が軽く床に触れ、フローラルな香りが再び鼻先をかすめる。雨の湿気が部屋に満ち、互いの息が微かに混じり合う距離だ。

「腫れは完全に引きましたね。でも、テーピングの具合を確認しましょう」

 彼女の掌が俺の足を優しく持ち上げる。温かな指先がテープの端をなぞり、ゆっくりと剥がし始める。皮膚が露わになる感触が、ぞわぞわと背筋を伝う。前回より親密なこの触れ合いが、診察の枠を超えそうに思えた。彼女の指腹が足の甲を滑り、内くるぶしを押す。微かな圧迫が、甘い疼きを生む。

「痛みは? ここを動かすと」

 足首を回旋させながら尋ねる声に、わずかな息の乱れが混じる。俺は首を振り、視線を彼女の顔に落とす。眼鏡のレンズが雨明かりを反射し、頰のラインを柔らかく縁取っていた。鎖骨の影が白衣の襟元で揺れ、結婚指輪が指の動きに合わせて控えめに光る。彼女の夫は、どんな人だろう。こんな夜遅くまで働く妻を待つのか。

「仕事は何を?」

 突然の質問に、俺は少し驚いて答える。デスクワーク中心の平凡な日常を、簡潔に。彼女は指を止めず、うなずきながら聞いていた。

「大変ですね。私も最近、夜勤が多くて。夫が出張続きで、家に帰っても空っぽの部屋が待っているんです」

 言葉の端に、ぼんやりとした寂しさが滲む。夫の不在を、さらりと告白したような響き。彼女の視線が一瞬、窓の雨粒に移る。指の動きがわずかに遅くなり、俺の足首を包む掌に、微かな震えが伝わってきた。孤独か。それとも、この触れ合いの熱か。俺の胸も、妻との別居以来の空白を思い起こさせた。互いの視線が絡み、息が静かに重なる。

「安静にしていれば、もう大丈夫です。でも、念のため触診を。筋肉の張りを確認しますね」

 彼女は立ち上がり、俺をうつ伏せにさせる。ベッドにうつ伏せになると、白衣の気配が背後に近づく。指先がふくらはぎを這い、ゆっくりと膝裏へ。プロフェッショナルな触診のはずが、皮膚の薄い部分をなぞる感触が、熱を呼び起こす。雨音が診察室を包み、互いの吐息だけが響く。彼女の指がハムストリングを押すたび、俺の体が微かに反応する。震えが、彼女の掌にも伝わっている気がした。

「ここ、張っていますね。マッサージを加えましょうか?」

 声が少し低く、親身だ。俺の返事を待たず、彼女の両手がふくらはぎを揉みほぐし始める。温かな掌が筋肉を掴み、滑らかなストロークで流す。指の腹が内腿に近づき、境界をなぞるように。診察の延長のはずなのに、この距離が甘く疼く。彼女の息が、俺の背中に触れる。眼鏡を外したのか、レンズのない瞳が、すぐ近くで俺の肌を見つめている。

「夫が出張続きで……最近は、こんな時間に帰っても、ただ静かで」

 再び言葉が漏れる。孤独の告白が、触診の合間に零れ落ちる。俺はうつ伏せのまま、かすかに頷く。彼女の指が止まり、掌全体で俺の足首を包み込むように撫でる。震えが明確になり、温もりがじんわりと染み込む。互いの空白が、この部屋の雨音に溶け合うようだ。彼女の瞳に、プロフェッショナルを超えた柔らかな揺らぎが宿る。俺の胸に、同じ熱が灯る。

「少し休んでください。テーピングを新しく巻きます」

 彼女は体を起こし、俺に仰向けになるよう促す。足を再び持ち上げ、丁寧にテープを巻き始める。指先がくるぶしを固定するたび、視線が絡み合う。夕闇の光が彼女の唇を照らし、頰に淡い紅を差す。巻き終わり、手を離さず、少し長めに肌を撫でる。震えが、互いの指先に共有されるようだ。

「次はまた一週間後で。経過を見て、完治を確認しましょう。連絡先、変わらずです」

 立ち上がり、デスクでカルテを記入する彼女の背中。俺は靴下を履き、立ち上がる。足の安定感が、前回より確かだ。診察室を出る際、扉のところで振り返る。遥先生が俺を追うように瞳を上げ、視線が深く絡み合う。一瞬の沈黙に、雨音だけが響く。その瞳の奥に、次なる接触を予感させる柔らかな熱が、静かに揺らめいていた。名刺を握りしめ、俺はエレベーターに乗り込む。掌の震えが、消えない。この熱い視線が、次にどんな触れ合いを呼ぶのか。胸のざわめきが、雨の夜に溶けていった。

(第2話 終わり/次話へ続く)

(文字数:約2050字)