この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。
## 第1話:新隣人の肩に触れた指先
私は芦屋恒一、58歳。都心のマンションで一人暮らしを始めて三年になる。定年退職後、再就職した小さなIT企業で、経験を活かしたコンサルタントとして細々と働いている。毎朝の新聞を読み、散歩がてらオフィスへ向かう、そんな穏やかな日々だ。派手な刺激を求めず、むしろ静かな日常を好むようになった。長い社会経験が教えてくれたのは、欲望は抑え、責任を優先せよということだ。
その日もいつものように帰宅すると、エレベーターの前で荷物を抱えた女性が立っていた。黒いスーツに白いブラウス、膝丈のスカートがオフィスレディらしい。年齢は40代半ばだろうか。黒髪を後ろでまとめ、疲れた表情を浮かべている。彼女が荷物を落としそうになったのを、咄嗟に支えた。
「大丈夫ですか?」
私が声をかけると、彼女は顔を上げ、柔らかな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。重たくて……新しく引っ越してきたばかりで、慣れなくて」
新隣人か。私の部屋の隣、802号室だ。彼女は自己紹介した。佐藤美佐子、42歳。同じくこのマンションの8階に越してきたという。荷物を運ぶのを手伝おうかと申し出ると、彼女は快く頷き、部屋のドアを開けた。
美佐子の部屋はまだ片付いていない段ボールが散らばっていたが、居間のソファに腰を下ろすと、彼女は深く息を吐いた。
「本当に助かりました。芦屋さん、でしたっけ? 私、今日からこのマンションなんですけど、仕事がきつくて……肩がもうガチガチです」
彼女は首を軽く回し、顔をしかめた。私はふと、自分の過去を思い出した。若い頃はデスクワークで肩こりに悩まされ、妻にマッサージをしてもらったものだ。今は自分で揉むが、昔取った杵柄で、指先はまだ生きている。
「肩こりですか。私もオフィス勤めですから分かりますよ。よかったら、軽く揉んでみましょうか。昔、妻に習った技があってね」
美佐子は少し驚いた顔をしたが、すぐに目を細めて頷いた。
「本当ですか? ぜひお願いします。実は同じ会社なんですよ、芦屋さん。私、後輩なんですけど……総務部の佐藤です」
同じオフィス? 思い出した。そうだ、最近入社した総務の女性がいた。美佐子か。16歳の年齢差があるが、社内では顔見知り程度だった。彼女はソファに座り直し、背中を向けた。私はその後ろに立ち、そっと両手を彼女の肩に置いた。
スーツの生地越しに、温かな体温が伝わってくる。42歳とは思えないほど、肩のラインはしなやかだ。私は親指を肩甲骨の際に入れ、ゆっくりと円を描くように押した。美佐子が小さく「んっ」と声を漏らした瞬間、私の胸に微かなざわめきが走った。
「どうです? ここ、凝ってますね。デスクワークの悪い姿勢が原因ですよ」
私は淡々と説明しながら、指の力を加減した。彼女の肩は確かに固く、押すたびに筋肉がほぐれていく感触が心地よい。美佐子は目を閉じ、首を少し傾げて身を委ねてきた。私の指先が首筋に滑り、細かな産毛が触れる。そこは特に柔らかく、温かく、かすかな甘い香水の匂いが漂った。
「あ……気持ちいい。芦屋さん、上手ですね。もっと強くても大丈夫です」
彼女の声が少し低くなり、吐息が混じる。私は指を首の付け根から鎖骨の方へ滑らせた。肌が露わになった部分に触れると、美佐子の肩が微かに震えた。ブラウスから覗く白い肌が、夕陽の光に照らされて艶めかしい。私の指がその首筋をなぞるたび、彼女の呼吸が浅く、速くなるのが分かった。
オフィスで顔を合わせる後輩が、こんなに近くで息を弾ませている。年齢差を思うと、責任の重さが胸にのしかかる。58歳の私が、42歳の女性に手を触れるなんて、軽々しい真似ではないはずだ。それでも、指先から伝わる彼女の反応が、私の内側を静かに掻き乱した。美佐子の首筋が熱を帯び、微かな汗がにじむ。私の親指が耳の下を押すと、彼女は小さく身をよじり、「はぁ……そこ、いい」と囁いた。
この感触。この距離。日常の延長のはずが、互いの体温が交じり合うだけで、抑えていた何かが蠢き始める。私は自嘲的に思った。これが年寄りの技か。指先一本で、こんなに胸が高鳴るなんて、若い頃の自分を笑うしかないな。
マッサージを終え、手を離すと、美佐子は振り返り、頰を少し赤らめて私を見上げた。その瞳に、感謝と、何か別の光が宿っている。互いの視線が絡み、部屋に静かな緊張が満ちた。
「芦屋さん、ありがとう。本当に楽になりました。また……お願いしてもいいですか?」
彼女の言葉に、私はゆっくり頷いた。隣人であり、後輩。だが、この予感は、ただの肩揉みでは終わらないかもしれない。オフィスの明かりの下で、再び彼女の肩に触れる日が来るだろう。その時、私の指はどこまで滑り込むのか。
(第1話 終わり)