篠原美琴

隣人妻の黒ストッキング温泉絶頂(第1話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第1話:エレベーターの黒ストッキング視線

マンションのエレベーターは、いつも通り静かだった。朝の七時半、浩太はいつものようにスーツの袖を直しながらボタンを押した。三十五歳、独身。仕事に追われる毎日で、隣人たちの顔さえぼんやりとしか覚えていない。それでも、この建物に住む人々の気配は、微かに心に染みついていた。

扉が閉まる直前、軽い足音が響いた。慌てて浩太が手で扉を開けると、そこに彼女が立っていた。隣の部屋、百三号室の遥さん。三十二歳の人妻。黒い髪を肩まで伸ばし、穏やかな目元が印象的な女性だ。今日は黒いストッキングを履いていた。細い脚を包むその光沢が、朝の蛍光灯の下でかすかに揺れる。スカートの裾から覗くラインが、浩太の視線を無意識に引きつけた。

「あ、ありがとうございます」

遥の声は柔らかく、微笑みが浮かぶ。浩太は軽く頭を下げ、言葉を返した。

「いえ、どういたしまして」

エレベーターが動き出す。狭い空間に、二人の息遣いが混じる。浩太は壁際に寄り、視線を床に落とした。だが、ちらりと横を見ると、遥のストッキングが目に入る。薄い生地が肌に張り付き、膝の裏のわずかな曲線を強調している。彼女はスマホをいじりながら、時折足を組み替える。その仕草で、ストッキングの表面が微かに擦れる音がした気がした。浩太の胸に、名前のないざわめきが広がる。

視線を感じたのか、遥が顔を上げた。二人の目が合う。ほんの一瞬、だがその間は長く感じられた。彼女の瞳に、好奇心のようなものが浮かんでいる。浩太は慌てて目を逸らし、心臓の鼓動が速くなるのを感じた。なぜだろう。この女性とは、これまでエレベーターで数回顔を合わせ、軽い挨拶を交わしただけだ。夫がいることも知っている。なのに、この沈黙が、妙に重い。

エレベーターが一階に着き、扉が開く。遥が先に降り、振り返って小さく会釈した。

「おはようございます」

「おはようございます」

浩太の声は少し上ずっていた。彼女の後ろ姿を見送りながら、黒ストッキングのシルエットが脳裏に焼きつく。マンションのロビーを抜け、外の空気に触れる頃になっても、その感触が残っていた。柔らかく、艶やかで、触れたことはないのに、指先が疼くような。

それから数日、日常は変わらないはずだった。浩太は朝のエレベーターで遥の姿を探すようになり、彼女も同じ時間に現れることが増えた。挨拶はいつも通り、短い言葉と微笑み。だが、視線が絡む瞬間が、少しずつ長くなった。ある朝、彼女は黒ストッキングではなく、素足にサンダルを履いていた。浩太は無意識に比較し、昨日見た光沢を思い浮かべる。遥の視線が、浩太の顔を素通りせず、留まるようになった。

「最近、暑くなってきましたね」

遥がぽつりと呟いたのは、そんな朝だった。エレベーターの壁に寄りかかり、彼女の肩がわずかに浩太の方を向く。距離は五十センチほど。浩太は頷き、言葉を探す。

「そうですね。エアコンが活躍しそうです」

沈黙が再び訪れる。だが、それは不快なものではなかった。むしろ、二人の間に微かな緊張が漂う。遥の指がバッグの持ち手を軽く握り直す仕草。浩太の視線が、彼女の脚に落ちそうになるのを、必死で抑える。心の中で、ためらいが渦巻く。この距離を、どう縮めるか。いや、縮めていいのか。

マンションを出て別れる時、遥の視線が浩太の背中を追うのを感じた。あれは、気のせいか。それとも。

日々が過ぎるにつれ、浩太の日常に遥の存在が忍び込むようになった。仕事中、ふと彼女の微笑みを思い出し、デスクで筆が止まる。夜、ベッドで目を閉じると、黒ストッキングの感触が浮かぶ。触れていないのに、肌の温もりが想像できる。彼女の夫は、滅多に姿を見せない。営業の仕事で地方を回っているらしい。それを知ったのは、いつかの会話からだ。

ある朝、またエレベーターで二人きりになった。遥の手には、近所の温泉のチラシがあった。小さな折り紙のようなもの。彼女が浩太に気づき、視線を上げる。

「おはようございます」

いつもの挨拶。だが、遥はチラシを差し出してきた。無言で、ただ微笑みを浮かべて。

「これ、よかったら」

浩太は受け取り、広げる。近所の温泉施設の広告。平日限定の割引と、湯煙の写真。彼女の指先が、チラシの端を軽く押さえている。その爪の形、淡いピンクのネイル。浩太の指が、偶然彼女の手に触れそうになる。触れなかったが、空気が震えた。

「ありがとうございます。行ってみます」

遥の微笑みが深くなる。目が細まり、頰に小さなえくぼ。エレベーターが一階に着く。彼女が降りる時、振り返って言った。

「私も、たまに行きます」

扉が閉まる瞬間、浩太の胸に期待が灯った。あの黒ストッキングの脚が、湯船でどう見えるのか。沈黙の向こうに、何が待っているのか。チラシを握りしめ、浩太はマンションの外へ踏み出した。心のざわめきが、静かに膨らんでいく。

(第2話へ続く)